「丁寧な言葉遣いさえ心がければ失礼にはならない」という思い込みは、手紙の世界では通用しません。日本マナー・プロトコール協会などの専門機関が指摘するように、縦書き手紙には目に見えない文化的なタブーが数多く存在します。
代表的な誤謬が、頭語と結語の組み合わせにおける格の不一致です。「拝啓」で始まった文章を「かしこ(女性用の柔らかい結語)」で結んだり、「前略」という急ぎ・略式の頭語で始めたにもかかわらず時候の挨拶を長々と書き連ねたりするミスが頻発しています。「前略」は「前文を省略する」という意味であるため、時候の挨拶を省いて直ちに本題に入るのが正しい作法です。
また、現代のメール感覚で多用されがちなのが縦書き手紙の追伸マナーです。手紙の末尾に「P.S.」と書くのは英語圏のカジュアルな略称であり、日本語の縦書き便箋では「追伸」「二筆申し上げます」と記すのが本来の形式です。しかし、さらに本質的な問題があります。「追伸」は、お悔やみ(弔事)や結婚祝い(慶事)の手紙では絶対に使ってはなりません。「不幸が重なる」「再婚(重婚)を連想させる」という忌み言葉に通じるためです。同様に、目上の人物や恩師に対する改まった手紙でも「本文で意を尽くせなかった手落ち」「考えが足りず後から書き足した無礼」と受け取られるリスクがあるため、追伸の使用は避けるのが賢明な判断です。
もう一つの知られざる落とし穴が「便箋の枚数」に関する慣習です。伝統的な書式において、目上への手紙や改まった儀礼状では「便箋1枚で終わらせるのは不義理(白紙をもう1枚重ねて2枚にして送る)」という古いしきたりが存在しました。これには「重なる」という意味を持たせる意図がありましたが、弔事の手紙で便箋を重ねると「不幸が重なる」大タブーとなります。現代のビジネス実務においては「白紙を同封されると受け取った相手が混乱する」という実利的な理由から、用件が1枚に美しく収まるのであれば無理に白紙を重ねる必要はないという解釈が定着しつつあります。