注連縄を外すタイミングは、年神様が家に滞在している期間を指す「松の内(まつのうち)」の終わりと連動しています。この松の内がいつまで続くかという定義が、実は地域によって大きく2つに分かれています。
東日本・関東地方を中心とする多くの地域では、1月7日の朝に七草粥を食べた後、またはその日のうちに注連縄を外すのが一般的です。一方で、京都や大阪をはじめとする西日本・関西地方では、古くからの伝統を守り1月15日(小正月)まで飾り続ける家庭が多くを占めます。
この東西の文化格差が生じた背景には、江戸時代の幕府による通達が関係しています。もともと日本全国で松の内は1月15日までとされていましたが、江戸城下で発生した大火事を契機に、燃えやすい正月飾りを早く片付けさせる目的で幕府が「1月7日をもって飾り納めとする」お触れを出しました。この号令が関東を中心に定着した一方、幕府の影響が直接及びにくかった上方(関西)では従来の1月15日までの風習がそのまま継承されたとされています。