この奇習の原点を日本政治史の記録で辿ると、明治時代中期の帝国議会に行き着く。初代内閣総理大臣を務めた伊藤博文の時代、藩閥政府と民党(野党勢力)は議場で激しい主導権争いを繰り広げていた。明治30年前後の議事録や当時の風聞によると、政府側が議会を力づくで解散させた際、反発する議員たちが「やけくそ」で万歳を叫んだのが発端という説が有力だ。
衆議院議長が解散を告げた瞬間、解散を歓迎する与党側が勝ち誇って万歳を叫び、対する野党側も負けじと選挙での雪辱を期して叫び返した。権力闘争の摩擦熱から偶発的に生まれた行動が、いつしか永田町の「お約束」として定着していったのだ。
明治、大正、昭和、平成、そして令和へと時代が移り変わっても、議場に染み付いた慣習の引力は衰えない。制度が民主化され、主権が国民に移った戦後も、議員たちはこの古い儀式を手放さなかった。