若き日の中村嘉葎雄が残した仕事のなかでも、世界映画史にその名を刻みつけた金字塔が、1964年公開の小林正樹監督によるオムニバス映画『怪談』です。
嘉葎雄が主演を務めたエピソード「耳なし芳一」は、全身に般若心経を書き殴られた盲目の琵琶法師・芳一が、平家の怨霊に翻弄される哀切を描いた傑作です。撮影当時、全身に本物の墨で経文を書き込む作業には連日何時間も費やされ、肌が荒れ果てる過酷な環境のなか、嘉葎雄は鬼気迫る集中力で芳一の狂気と純粋さを演じきりました。
この演技はカンヌ国際映画祭をはじめ世界各国で絶賛され、アイドル的人気を博していた美男子俳優から、世界レベルの本格派オールドシネマアクターへと脱皮を遂げる決定打となりました。後年、嘉葎雄自身もインタビュー等で「芳一役で自分の役者としての骨格が決まった」と振り返るほど、魂を削って挑んだ伝説の役柄です。