文法的な成り立ちを深く掘り下げると、日本語のダイナミックな歴史が浮かび上がってきます。東日本方言(標準語のベース)では、打ち消しの「ない」に過去の「かった」を接続させて「行かなかった」「知らなかった」と表現します。
それに対し、西日本の方言文法では打ち消しの助動詞「ぬ(ん)」に過去の助動詞「た(だ)」を直接結びつける「打ち消し過去」の形式が古くから発達してきました。
「知ら+ぬ+だ」が音変化を起こし、撥音便化して「知らなんだ」となりました。同様の文法変化は他の動詞でも見られ、以下のようなバリエーションが存在します。
- 行かなんだ:行かなかった
- 食べなんだ(食わなんだ):食べなかった
- 言わなんだ:言わなかった
- 見なんだ:見なかった
明治期から昭和初期の近代文学作品(夏目漱石や芥川龍之介など)を紐解くと、作中のセリフや心理描写に「〜せなんだ」「思わなんだ」といった表現が頻出します。つまり、「知らなんだ」は決して現代の壊れた日本語などではなく、古典日本語の文法構造を今に受け継ぐ由緒正しき言いまわしなのです。