志村さんがザ・ドリフターズの正式メンバーになったのは1974年のこと。当時はまだ20代半ばだ。彼は大の音楽フリークであり、特にソウルミュージックや洋楽ロックへの傾倒は凄まじかった。
アメリカのレコード店から直接ソウルミュージックのレコードを輸入し、自身のコントのBGM(有名な「ヒゲダンス」の元ネタなど)に採用したエピソードは有名だ。その音楽へのこだわりは、当然ファッションにも直結していた。タイトなシャツにベルボトムのジーンズ、そしてあの長い髪。彼は紛れもなく、当時のユースカルチャーの最前線にいた。