志村けん(本名:志村康徳=しむら やすのり)さんは、1950年(昭和25年)2月20日に東京都北多摩郡東村山町(現・東村山市)で生まれました。厳格な小学校教頭だった父・憲司さんと、明るく大らかな母・和子さんのもと、3人兄弟の末っ子として育ちました。
興味深いことに、日本の大衆文化において「2月20日」は特別な意味を持つ日付として語り継がれています。プロ野球のミスターこと長嶋茂雄氏(1936年生まれ)、燃える闘魂・アントニオ猪木氏(1943年生まれ)、そして喜劇王・志村けんさん(1950年生まれ)。昭和を代表する3大スーパースターが、驚くべきことにちょうど7年おきの2月20日に生を受けているという事実です。スポーツ界と芸能界の頂点を極めたカリスマたちが同じ誕生日に揃っている点は、昭和・平成のエンタメ史における奇跡的な巡り合わせとして知られています。
東村山市立東村山第二中学校、東京都立久留米高等学校を卒業した志村さんは、高校卒業間際の1968年、いかりや長介さんの自宅へ直接押しかけて弟子入り志願を果たしました。付き人生活や「マックボンボン」などの下積み時代を経て、1974年に荒井注さんの脱退に伴いザ・ドリフターズの正式メンバーへ昇格。『8時だョ!全員集合』で披露した「東村山音頭」が大ブレイクし、一躍全国区のスターダムへと駆け上がりました。