事件の波紋は国家の心臓部をダイレクトに直撃した。かつて「省庁の中の省庁」とまで称され、強大な権力を誇った大蔵省からは複数の幹部や中堅官僚が逮捕・処分される事態へと発展。さらに、金融政策の中枢を担う日本銀行においても担当者が収賄容疑で逮捕され、中央銀行としての信用は地に落ちた。
これにより、長年にわたり官僚主導で進められてきた日本の金融行政は壊滅的な打撃を受けた。過剰な保護策や護送船団方式の終焉が決定づけられ、大蔵省は解体的な再編を余儀なくされる。金融庁の立ち上げや日本銀行法の改正といった一連の機構改革は、この醜聞という痛烈な代償と引き換えにもたらされた改革の結実であった。