真田家の紋章といえば六文銭が真っ先に思い浮かびますが、武家社会における家紋は単なるシンボルマークにとどまりません。身分や血統の証明、戦場での敵味方の識別、さらには儀礼の場における礼節を示す政治的ツールでもありました。真田家では、主に3つの家紋を用途や格式によって使い分けていたことが、長野市松代町にある真田宝物館の所蔵史料などからも明らかになっています。
戦場で命を懸ける際に用いる「表紋(戦陣紋)」と、平穏な日常や慶事で用いる「裏紋(替紋)」を明確に区別した背景には、過酷な乱世を生き抜くためのしたたかな外交術が存在していました。
このように、真田家は単一の意匠に固執することなく、状況に応じて最適な家紋を選択する柔軟性を持っていました。これこそが、小領主でありながら大名として家名を幕末まで残した真田家の知恵といえます。