昭和の象徴「健康優良児」はなぜ消滅した?廃止の真相と差別批判の歴史

昭和の象徴「健康優良児」はなぜ消滅した?廃止の真相と差別批判の歴史

昭和の象徴「健康優良児」はなぜ消滅した?廃止の真相と差別批判の歴史とはどのようなものなのか? 詳しい意味を整理してお届けします。

昭和40年代後半から50年代に入ると、社会の成熟とともに「健康優良児の表彰制度は教育的に妥当なのか」という根本的な疑問が噴出し始めます。健康優良児がなぜなくなったのか、その最大の決定打となったのが深刻な差別問題と優生思想への批判でした。

生まれつき心臓病などの持病やアレルギーを持つ子ども、障害のある子ども、あるいは遺伝的な体質で小柄な子どもたちは、どれほど本人が努力しても選考の土俵にすら上がれません。学校が公式に「健康な児童=優良」と認定して特別扱いすることは、基準から外れた子どもたちに無用な劣等感を植え付け、「不健康な子どもは劣っている」という差別意識を学校全体に蔓延させる要因となっていました。

日本教職員組合や小児科医グループ、障害児を持つ保護者団体などから「健康を他者と比較して序列化する行為は、戦前の優生思想の生き残りであり非人道的だ」という強い抗議が相次ぎました。この健康優良児の廃止理由をめぐる議論の高まりを受け、文部省は1970年代末から選考方針の見直しを余儀なくされ、1996年(平成8年)には全国規模の表彰事業が完全に幕を下ろすことになりました。

山崎 陸
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山崎 陸

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