松阪大映をはじめとする地方の単館映画館の消滅は、単なる一企業の倒産や興行施設の閉鎖という枠組みにとどまりません。都市社会学の観点から見れば、それは地域コミュニティにおける「サードプレイス(第3の居場所)」の解体を意味していました。
昭和の映画館は、家庭(第1の場)や職場・学校(第2の場)から離れ、老若男女が見知らぬ他者と同じ暗闇の中で感動を共有する類まれな公共空間でした。そこで交わされる近所の人々との挨拶、映画談義、売店での立ち話は、都市の人間関係を繋ぐ重要な緩衝材として機能していたのです。
現在、動画配信サービスによって個人のスマートフォン上で何万本もの映像を瞬時に鑑賞できるようになりました。利便性とパーソナライズは極限まで高まりましたが、見知らぬ誰かの笑い声に誘われて笑い、隣の見知らぬ人のすすり泣きに胸を打たれるという「集団的熱狂」の体験は急速に希薄化しています。松阪大映の記憶を辿ることは、効率性と引き換えに私たちが置き去りにしてきた「街の体温」を再確認する作業に他なりません。