90年代中盤、シーンは特定の天才プロデューサーによる支配下におかれる。その頂点に君臨したのが小室哲哉だ。転調を多用したドラマチックなメロディラインと、カラオケで歌いたくなる高音域のボーカルアレンジ。小室哲哉が手掛けた楽曲群はCDショップの店頭を埋め尽くし、若者たちのライフスタイルそのものを規定する文化的現象へと発展した。
だが、その金字塔に冷や水を浴びせるような決定的な出来事が1998年に起きる。当時わずか15歳の宇多田ヒカルの登場だ。デビュー曲『Automatic』が放つ本場のR&Bニュアンスと圧倒的なグルーヴ感、自省的な歌詞世界は、それまでのメガヒットの方程式を一夜にして過去のものとした。彼女の出現によって、日本のポピュラー音楽は「プロデューサー主導のパッケージ」から「アーティスト自身のアイデンティティ表現」へと、その舵を大きく切ることになる。