昭和最後の日となった1989年1月7日、日本全土は経験したことのない静寂と緊張に包まれました。当時のテレビ報道各社のアーカイブ記録や関係者の証言によると、午前5時34分の危篤速報以降、NHKおよび民放全局が通常放送をすべて中断し、24時間態勢の特別報道番組へと突入しました。
特筆すべきは、民放各局が全コマーシャルの放送を2日間にわたって完全に自粛した点です。CM枠は公共広告機構(現・ACジャパン)の啓発広告や、クラシック音楽とともに流れる静止画の風景映像に差し替えられました。街頭のネオンサインは消灯され、百貨店や飲食店は臨時休業あるいは営業時間を大幅に短縮。レンタルビデオ店には「テレビがつまらないから」と映画ソフトを求める市民が殺到し、棚が空になるという特異な光景が全国各地で見られました。
新聞社は朝・昼・夕と立て続けに号外を発行し、主要駅頭では奪い合いが起きました。当時を回顧する元新聞記者の手記には、「鉛活字の組み替えと輪転機の轟音の中、ひとつの時代が物理的に断絶していく恐怖と高揚感が交錯していた」と記されています。日本中が「昭和の終わり」を息を呑んで見つめていたのです。