終戦直後の1945年8月、政府主導で進駐軍向けの特殊慰安施設協会(RAA)が設立された。だが、性病の蔓延や治安の悪化を危惧した連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、1946年1月に公娼制度の廃止を日本政府に指令する。これにより、建前上は日本から公認売春が消滅したはずだった。
しかし現実は違った。警視庁をはじめとする警察当局は、取り締まりの現場で独自の運用を始める。旧遊郭や歓楽街の地図上に赤い色鉛筆で境界線を引き、その内側を「特殊飲食店街(カフェーやバー)」として指定。酒類を提供する名目で、実質的な売春営業を黙認したのだ。この捜査地図に引かれた朱色の線こそが、赤線という呼称の直接の起源である。