澤瀉屋の歴史は、常に伝統への挑戦の歴史だった。その礎を築いたのは、初代市川猿之助である。しかし、この家系を今日のような巨大な存在へと押し上げたのは、間違いなく三代目市川猿之助(後の二代目市川猿翁)の功績だろう。
三代目は、古典歌舞伎の枠組みを飛び越え、スピード感あふれる演出や宙乗りを取り入れた「スーパー歌舞伎」を確立した。これは当時の梨園からは「邪道」と冷遇されながらも、大衆の圧倒的な支持を獲得した。この「反骨精神」と「革新性」こそが、澤瀉屋の血脈に流れる最も強い遺伝子なのだ。伝統的な家柄である成田屋や音羽屋とは一線を画す、独自のポジションがここから生まれた。