2006年から2007年にかけて、治療拠点となっていたのが慶應義塾大学病院だった。病棟での日々において、彼女はスーパースター「ZARD・坂井泉水」という重圧の鎧を脱ぎ、本名である「蒲池幸子」としての素朴で静かな時間を取り戻していたようにも見える。
日課となっていた早朝の散歩。病院敷地内のスロープや屋上庭園を歩きながら、朝露に濡れた花や季節の移ろいを感じ取り、そのインスピレーションを小さなメモ帳に書き留めていた。病室の窓から差し込む陽光のなか、差し入れのフルーツを口にしながらスタッフと次のアルバムの構想を語り合っていた時間は、彼女にとって何よりの救いだったに違いない。現場に残された情景描写は、どれほど肉体が痛みに苛まれようとも、彼女の精神が決して病に屈していなかった事実を証明している。