三重県で生まれ育った彼は、もともと俳優を目指していたわけではない。学生時代はサッカーにすべてを捧げていた。国体に出場するほどの確かな実力。青山学院大学へ進学したのも、サッカーを続けるためだった。しかし、大学卒業を前にプロへの道を断念せざるを得なくなる。人生の目標を失いかけた彼が次に見出したのが、表現の世界だった。
デビューは20代前半。決して早いスタートではない。エキストラ同然の下積み生活が長く続いた。だが、この「思い通りにいかなかった時期」こそが、彼の演技に深みと、どこか飢えたようなハングリー精神を植え付けた。ピッチの上で泥にまみれていた青年は、やがてスクリーンの中で独自の光を放ち始める。