1950年(昭和25年)、戦後の混乱期に渋谷駅周辺へ乱立していた露店(屋台)を整理・移転させる形で誕生したのが、このyokochoの始まりだ。GHQの指導による道玄坂や駅前広場の露店撤去に伴い、東横線高架沿いの都有地へと集団移転させられた約40軒の飲食店が、現在の骨格を形作った。
それぞれの店舗面積はおよそ2坪から3坪程度。階段を上がった中2階に小さな座敷を備える店も多く、限られた空間を極限まで使い切る工夫が随所に見られる。当時から続く老舗焼き鳥店や、代々受け継がれてきたおでん屋のカウンターには、戦後東京の復興の息吹と、過酷な時代を生き抜いた人々の知恵が刻み込まれている。
きらびやかなガラス張りの商業ビルが林立する現代にあって、この剥き出しの土着性は圧倒的なリアリティを放つ。資本の論理だけでは決して生み出せない時間の堆積こそが、横丁の持つ本質的な魅力といえる。