インターネット上の掲示板やYouTubeの解説動画などでは、後藤忠政氏の豪胆な振る舞いや『憚りながら』での痛快な告発劇のみが切り取られ、一種の「昭和のラストサムライ」「義賊的なフィクサー」として過剰に神話化される傾向が散見されます。しかし、客観的な報道検証と法廷記録を振り返る限り、その解釈には重大な誤解が含まれています。
後藤組の台頭を語る上で避けて通れないのは、その徹底した暴力行使の実態です。1992年の映画監督・伊丹十三氏襲撃事件において、映画『ミンボーの女』で地上げや暴力団の手口を描いた伊丹監督の自宅前で刃物で重傷を負わせた実行犯は後藤組系組員でした。言論・表現の自由に対する凶悪なテロ行為として世論の激しい怒りを買い、暴力団対策法(暴対法)の制定・改正を強力に後押しする決定打となった歴史的事実を忘れてはなりません。
また、2001年のUCLA肝臓移植事件も世界的な波紋を呼びました。後藤氏が渡航制限を免れてアメリカへ入国し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校付属病院で肝臓移植手術を受けるにあたり、米連邦捜査局(FBI)に対して国内のヤクザ組織や北朝鮮関連の情報を提供する司法取引疑惑が米紙ロサンゼルス・タイムズ等で報じられました。自己の生存のために敵対組織や関連情報を差し出したのではないかという疑念は、ヤクザ社会が重んじる「任侠道」の精神とは相容れない冷徹なプラグマティズムを露呈しています。
ネット上に流布する「庶民の味方」「筋を通した漢」という虚像は、メディア戦略と自己演出の産物に過ぎません。その実像は、目的達成のためには極めて冷酷な暴力と高度な情報戦、莫大なマネーを自在に操る極めて合理的かつ危険なプラグマティストであったといえます。