かつて宮澤内閣において、わずか39歳という若さで経済企画庁長官に抜擢された出来事は、当時の政界に大きな衝撃を与えた。平成初期の大変革期において、日本経済の舵取りを担う要職に就いた経験は、彼の政策分析力と行政機構への深い洞察を決定づけた。
その後、政治改革の潮流の中で新党結成に動くなど、自民党の枠にとらわれない行動を見せた時期もあった。そうした曲折を経たからこそ、現在の衆議院における重厚かつ柔軟な立ち回りが可能になっている。単なる与党のイエスマンではなく、行政の非効率さや制度の限界を冷徹に見極める「内なる改革者」としての視点は、この経済企画庁時代の原体験から紡ぎ出されたものだ。