振り返れば、あの時代はテレビというメディアが持ち得た自由度の頂点だったのかもしれない。放送基準の厳格化やスポンサーへの配慮、SNSを通じた即時的な批判の広まりによって、深夜番組の風景は大きく様変わりした。かつてのようなアナーキーな実験は、地上波から急速に姿を消していくことになる。
しかし、制約が増えたからこそ、過去の奔放な表現が持っていたエネルギーの特異性が浮き彫りになる。安全なエンターテインメントが主流となった今、かつての作り手たちが繰り広げたリスクを恐れない表現への執念は、メディア表現の可能性を再考するための貴重なアーカイブとなっている。