西村氏は国際舞台だけでなく、日本国内のJリーグでも長きにわたりトップレフェリーとして君臨しました。1999年に1級審判員へ登録され、2004年から国際主審として活動。国内ではJリーグ最優秀主審賞を何度も受賞し、ピッチの秩序を守り続けました。
J1通算担当試合数は450試合以上、公式戦全体では800試合を超える途方もない数字を記録し、Jリーグ審判界の歴史に燦然と輝く金字塔を打ち立てています。そんな西村氏が国内トップリーグの第一線を退いた理由は、体力的な衰えではなく「次の世代へバトンを繋ぐため」という強い責任感からでした。自らが長くピッチに立ち続けることよりも、自らの知見を次代へ継承する指導者の道を選ぶ決断を下したのです。