時計の針を1976年に巻き戻そう。初代「旭化成」キャンペーンガールに抜擢された無名のハワイアンガールは、瞬く間に日本中の視線を独占した。駅に貼られた水着ポスターが次々と盗難に遭う事件が多発し、新聞の社会面を賑わせたこともある。それまで日本に存在しなかった健康的で屈託のないセクシーさは、昭和ポップカルチャーの美意識を根底から覆した。
ポスター、雑誌の表紙、テレビCM。どこを見渡しても彼女がいた。清純派アイドル全盛の時代に、小麦色に焼けた肌とあどけない笑顔という鮮烈なコントラストを提示した功績は計り知れない。現代に続くグラビアアイドルの概念は、実質的に彼女の登場によって定義づけられたと言っていい。