帰国後の過熱ぶりは、まさに熱狂そのものだった。帰国ライブには大勢のファンが押し寄せ、ミリオンセラーを記録したデビュー曲「白い雲のように」は時代のアンセムとなった。しかし、その輝かしいスポットライトの裏で、コンビとしてのバランスは徐々に崩れ始めていく。
太田プロダクションに所属し、アイドル並みの人気を博したものの、二人が本来志向していたのは泥臭いお笑い芸人としての道だった。アイドル的フィーバーと自らの「芸人としての実力」の乖離。その歪みが大きくなったことが、後の解散劇へとつながる静かな伏線となっていた。