世間が求める「女優・遠野なぎこ」のイメージと、ボロボロになった生身の自分。その決定的なズレを埋められない苦痛を救うかのように、彼女が息を吸うための場所として選んだのがAmebaブログだった。
彼女の発信は、一般的なタレントの日常報告とはあまりにも異なっていた。飾りのない泥臭い言葉で綴られる自責の念、酒への抗いがたい欲求との闘い、そして吐き気をもよおすような孤立感。時に痛々しいほど剥き出しの言葉は、読者の心を揺さぶらずにはいなかった。その記録は単なるタレントブログの域を超え、現代社会で孤立し喘ぐ魂の生々しいドキュメンタリーそのものだったのだ。