彼の歩んできたキャリアを振り返るとき、その数字と記憶の凄まじさに改めて息をのむ。KBOリーグで若くしてホームラン王のタイトルをほしいままにし、その勢いを引っさげて海を渡った。2004年に千葉ロッテマリーンズへ加入すると、日本の緻密な配球に苦しみながらも土壇場で勝負強さを発揮。チームの日本一に大きく貢献した。
そして2006年、読売ジャイアンツへ移籍。4番打者として41本塁打を打ち立て、重圧のかかる伝統の球団で主砲の責任を果たし切った。さらに国際大会でもその本領を発揮。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)をはじめとする大舞台で、日本のファンにも強烈な恐怖と尊敬を同時に抱かせた「侍ハンター」としての打棒は、今なお語り継がれている。