日本の格闘界の基盤を作った日本プロレス協会。その創設期において、力道山の付き人や弟子として汗を流していたのが、若き日のアントニオ猪木とジャイアント馬場だった。二人の伝説的レスラーにとっても、力道山の邸宅はただの稽古場ではなく、緊迫感と温もりが同居する特別な空間だった。
生前のふたりが折に触れて語った回想によれば、厳しい指導の合間に見せる力道山の「家族への眼差し」は非常に温かいものだったという。弟子たちが力道山家を訪れた際、まだ幼い子供たちを抱き上げる師匠の姿は、リング上の凄惨な戦いとは対極にある家庭人の顔そのものだった。力道山家の日常を知る旧知の弟子たちもまた、彼女の健やかな成長を密かに見守り続けていたのである。