時計の針を半世紀ほど巻き戻してみよう。1971年、神戸のバンドマンだった井上大佑が開発した「8ジューク」と呼ばれる伴奏装置が、すべての始まりだった。テープに合わせて歌うという素朴な仕掛けは、瞬く間に列島を席巻し、やがて巨大なアミューズメント産業へと結実していく。
当初は酒場の片隅に置かれたジュークボックスのような存在だった機器は、技術革新とともに個室型のボックスへと主戦場を移した。しかし時代が巡り、再び人々は「誰かと音を共有するオープンな空間」へと回帰している。店舗のBGMやカラオケ演奏に対して適正な対価を循環させる日本音楽著作権協会(JASRAC)の包括的な管理体制のもと、商業施設としての透明性を高めながら、酒と音楽が交錯する場はより洗練された文化へと昇華された。