表層的な候補者トラブル以上に、この国の根底を揺るがしているのが「政治とカネ」を巡る不信の連鎖です。自民党派閥の政治資金パーティー券を巡る裏金問題や、相次ぐ公職選挙法違反の買収疑惑は、有権者の間に「誰に投票しても変わらない」「政治家は自分たちの私利私欲で動いている」という強烈な政治的冷笑主義(シニシズム)を定着させました。
総務省の発表資料を見ても、近年の衆院選における投票率は戦後最低水準を更新し続けており、有権者のほぼ半数が主権を放棄しています。投票率が低下すると何が起きるのか。それは、強固な支持基盤を持つ宗教団体や業界団体などの「組織票」を持つ候補が圧倒的に有利になるという現実です。結果として、一般の勤労世帯や若年層の切実な声――物価高対策、社会保険料の負担軽減、子育て・教育投資――が政策に反映されにくくなり、さらに生活が苦しくなって政治への関心を失うという「負のループ」が完成します。
さらに視野を地方に広げると、「選挙そのものが成り立たない」という過疎地特有の絶望的な事態が進行しています。町村議会議員選挙では候補者が定数に達せず、無投票で当選が決まる割合が年々上昇。中には定員割れを起こして再選挙に追い込まれる地域すら珍しくありません。月額十数万円という低報酬、旧態依然とした人間関係や議員特有のハラスメントが敬遠され、現役世代が立候補を避けるためです。大都市圏では奇抜な候補者が乱立して選挙が荒れ、地方では候補者がいなくて選挙が消滅する。この二極化こそが、日本の選挙が直面する最も深刻な病巣です。