阿修羅像ばかりに視線が集まりがちですが、興福寺国宝館の神髄は、堂内を埋め尽くす白鳳・天平・鎌倉時代の超一級コレクションの連鎖にあります。ここを見落としては国宝館を体験したとは言えない、決定的な寺宝を網羅します。
1. 白鳳の貴公子「興福寺 仏頭(旧山田寺本尊像頭部)」
飛鳥・白鳳期の金銅彫刻を代表する名宝です。元は飛鳥の山田寺(現在の奈良県桜井市)の講堂本尊薬師如来像でしたが、数奇な運命を辿り興福寺東金堂の本尊として迎えられました。のちに火災に遭い、頭部のみが奇跡的に焼け残って本尊台座の中に秘匿されていたものが、昭和12年(1937年)に約500年ぶりに再発見されたという劇的な歴史を持ちます。張りのある丸顔、切れ長の伏し目がちな瞳、豊かに微笑む口元は「白鳳の貴公子」と讃えられるにふさわしい気品と瑞々しさを放っています。
2. 堂内中央に聳え立つ守護本尊「千手観音菩薩立像」
旧食堂の本尊として安置されていた巨大な木造仏で、像高は5.2メートルを超えます。鎌倉時代の復興期に造立されたもので、堂々たる体躯と均整の取れた四十二の手が空間全体を圧倒します。見上げる位置から差し込む柔らかな照明が、無数の救いの手を浮かび上がらせ、阿修羅像の繊細な静けさとは好対照をなす重厚な包容力で来訪者を迎え入れます。
3. 緊迫の筋肉美が宿る「金剛力士立像」
鎌倉初期の慶派仏師の手による金剛力士像(阿形・吽形)は、寄木造の極致です。筋骨隆々たる肉体美、浮き出た血管、憤怒に燃える玉眼(水晶をはめ込んだ技法)の輝きは、今にも台座を蹴って飛び出してきそうな迫力に満ちています。静の天平彫刻(八部衆)と、動の鎌倉彫刻(金剛力士)を同一フロアで比較鑑賞できる贅沢さは、国宝館ならではの構造的醍醐味です。
4. 「八部衆立像」と「十大弟子立像」の群像劇
阿修羅像とともに光明皇后が亡き母・橘三千代の追善のために造らせた群像です。五部浄、沙羯羅(さがら)、鳩槃荼(くばんだ)などの八部衆、そして釈迦の直弟子である十大弟子立像(現存6体)は、いずれも脱活乾漆造で制作されています。老若男女、異形の姿を交えながらも、一貫して漂うのは内省的な敬虔さです。個々の彫像が持つ個性的な風貌と静かな佇まいは、群像として空間全体で鑑賞することで真価を発揮します。