Q1:お市の方は本当に「戦国一の美女」だったのですか?
A1:同時代の史料や後世の編纂物において、お市の方の器量(美貌と気品)を絶賛する記述が多数残されています。また、彼女の娘である茶々や江も優れた美貌の持ち主として記録されており、母方の遺伝的特徴としても際立っていたことが裏付けられています。
Q2:信長とお市の方の兄妹仲はどうだったのですか?
A2:信長はお市の方を非常に可愛がっていたと伝えられます。浅井長政への輿入れに際しても破格の持参金を用意し、小谷城落城後も織田家で手厚く保護しました。冷徹な覇王として描かれがちな信長ですが、身内への情愛、特に妹・お市に対しては特別な敬意と配慮を払っていました。
Q3:信長の妹は何人いて、家系図ではどう位置づけられていますか?
A3:父・織田信秀の娘(信長の姉妹)は、諸系図を総合すると10人〜15人程度存在したとされています。お市の方、お犬の方のほか、岩倉織田家に嫁いだ「くらの方」、稲葉良通に嫁いだ妹などがおり、尾張周辺の有力領主との同盟網を形成していました。
Q4:お市の方の死因と最期の年齢は何歳でしたか?
A4:天正11年(1583年)4月24日、北ノ庄城落城の際に夫・柴田勝家とともに自害しました。死因は切腹あるいは勝家による介錯と伝わります。享年は数え年で37歳(満35〜36歳頃)でした。