東海道新幹線の車窓から見える政治家像。多くの乗客が一度は首をかしげる光景の裏には、昭和の熱い政治ドラマが存在する。1960年代、国家の一大事業として進められた東海道新幹線建設プロジェクトにおいて、岐阜県を経由するか否かは激しい議論の的となった。当初、雪深い関ヶ原を回避するルートや直線距離を優先する構想が交錯する中、地元出身の有力政治家である大野伴睦が動く。
「政治駅」という言葉が一人歩きし、噂や都市伝説が語り継がれることも多い。しかし、実際の建設背景を紐解くと、降雪地帯である関ヶ原の気象リスクや、名古屋と京都の間における列車の退避・折り返し機能を確保するという線路技術上の切実な要請があったことがわかる。単なる政治的介入だけではなく、安全な鉄道運行を支える要として岐阜羽島駅の開設が決まったのだ。
現在、駅前の広場には堂々と立つ大野夫妻の銅像があり、新幹線の安全運行を見守っている。現在この路線を運営する東海旅客鉄道株式会社にとっても、同駅は冬期の雪害対策拠点として極めて重要な役割を果たし続けている。政治と技術が交錯した昭和のドラマに思いを馳せながらホームに立つと、見慣れた新幹線の景色がまったく違って見えてくるはずだ。