偉大な父親を持つ「演歌歌手の二世」という境遇は、時にプレッシャーや偏見との戦いでもありました。デビュー当初は「髙城靖雄の息子」という肩書が先行することもありましたが、新浜さんは持ち前の泥臭い努力と抜群のパフォーマンス力で道を切り拓いていきます。
その才能に惚れ込んだのが、芸能界のレジェンドである所ジョージさんと木梨憲武さんでした。所ジョージさんが作詞・作曲を手掛け、木梨憲武さんがトータルプロデュースを担当したシングル『全てあげよう』は、キャッチーな振り付け(膝スライディング)と情熱的な歌唱がSNSやテレビで爆発的な話題を呼びました。
この大ヒットを足がかりに、念願であったNHK紅白歌合戦への初出場を達成。「二世歌手」という枠組みを完全に脱し、令和の歌謡界を牽引する唯一無二のエンターテイナーとして確固たる地位を確立しました。