邪馬台国の場所を特定する上で、決定打となる鍵を握るのが奈良県桜井市に位置する箸墓古墳です。全長約280メートルの巨大な前方後円墳であり、出現期古墳としては日本最大規模を誇ります。『魏志倭人伝』には、247年〜248年頃に卑弥呼が死去した際、「径百余歩(直径約140〜150メートル前後)の塚を作り、奴婢百余人を殉葬した」と記録されています。箸墓古墳の後円部の直径(約150〜160メートル)はこの記述と驚くほど合致しています。
近年、国立歴史民俗博物館をはじめとする研究機関が実施した放射性炭素年代測定(炭素14年代測定)や年輪年代法による最新研究では、箸墓古墳周辺から出土した土器に付着した炭化物の年代が「西暦240年〜260年頃」に集中していることが判明しました。この時期はまさに卑弥呼の没年と重なり、畿内説を大きく後押しする決定的なデータとして世界的な注目を集めました。
ただし、宮内庁が陵墓(倭迹迹日百襲姫命の墓)として管理しているため、墳丘内部の本格的な発掘調査は未だ行われていません。石室構造や副葬品の全容が明らかになっていない点が、最終確定へのハードルとなっています。