バラエティタレントとしての印象が強い彼だが、その根底には常に噺家としての誇りが息づいていた。笑福亭の一門としてスタートしつつも、林家を名乗り東京の落語界の空気も吸い込んだ彼は、上方落語の陽気さと江戸落語の粋をあわせ持つ稀有な存在となっていった。
高座に上がると、テレビでのフランクな佇まいとは一味違う、巧みな語り口と情景描写で観客を物語の世界へと引き込んだ。笑いをとるだけでなく、人間の滑稽さや愛おしさを描き出すその芸風は、まさに師匠である鶴瓶の背中を追い続けながらも、自らの足でたどり着いた境地だったと言えるだろう。