結論から述べると、小野田寛郎氏に子供はいませんでした。1974年3月に51歳でフィリピン・ルバング島から祖国へ帰還した小野田氏は、その2年後の1976年に町枝(まちえ)さんと結婚しています。当時、小野田氏は54歳、町枝さんは38歳前後でした。
過酷な孤独戦を生き抜いた小野田氏ですが、晩婚であったことや、結婚直後に生活拠点をブラジルへ移すなど環境が激変したこともあり、夫妻の間に実子が誕生することはありませんでした。ネット上では「現地に子供がいたのではないか」「後継ぎの養子を取ったのか」といった憶測が散見されますが、戸籍上も含めて子供が存在したという客観的事実は一切ありません。
小野田氏自身の本来の家族構成を振り返ると、和歌山県海南市の出身で、元軍人の父・種次郎氏と母・タマエさんのもと、5男1女の第3男(男兄弟では3番目)として育ちました。医師となった長兄・敏雄氏、軍人だった次兄・二郎氏、ブラジル移民の先駆けとなった兄・太三雄氏、そして弟の滋郎氏など、芯の強い血筋のなかで育まれた精神力が、30年に及ぶサバイバル生活の原動力となりました。