1890年、40歳のラフカディオ・ハーンは英語教師として来日した。島根県松江市で英語を教えていた彼は、そこで小泉セツと出会う。セツは松江藩の武家の娘で、当時22歳だった。
二人は1891年に結婚。当時の日本では外国人との正式な婚姻は法的に認められていなかったため、最初は事実婚の形を取った。しかし1896年、ハーンは日本国籍を取得し、妻の姓を名乗って「小泉八雲」となった。これにより、彼は正式に小泉家の一員となる。
小泉セツの家系
小泉セツの実家は、松江藩士の家柄だった。父・小泉湊は藩の下級武士で、明治維新後は士族として生活していた。セツは武家の娘らしい教養と品位を持ち、八雲の執筆活動を支える良き伴侶となった。
八雲は日本の伝統文化に深い敬意を持っており、小泉家の家風を尊重した。セツは八雲に日本の昔話や民間伝承を語り聞かせ、それが『怪談』などの作品の源泉となった。セツの存在なくして、八雲の代表作は生まれなかっただろう。