佐原の舟めぐりが単なる観光用ボートと一線を画している理由は、その航路が「生きた歴史的景観の回廊」そのものである点にあります。乗船すると、視線は歩道の観光客よりも1メートル以上低くなり、水面すれすれを滑るように進みます。このアイレベルの低さが、周囲の建造物の重厚感を劇的に際立たせます。
ハイライトとなるのが、小野川に架かる樋橋(ひばし)、通称「じゃあじゃあ橋」です。元々は江戸時代前期、小野川の上を跨いで東岸から西岸の水田へ農業用水を送るために作られた木製の樋(とい)でした。現在の橋もその形状を継承しており、午前9時から午後5時まで、30分おきに水が小野川へ豪快に流れ落ちる仕組みになっています。水が川面へ落ちる際の「ジャージャー」という心地よい水音は、「残したい日本の音風景100選」にも選定されています。
舟がじゃあじゃあ橋の至近をくぐる瞬間、水しぶきの音と木の香りが乗客を包み込みます。歩道の上から見下ろすだけでは決して味わえない、下からのダイナミックなアングルと水音の共鳴は、乗船した者だけが得られる特権です。
さらに、沿岸に広がる佐原の町並み 重要伝統的建造物群保存地区には、江戸から大正、昭和初期にかけて建てられた木造町家、土蔵造りの商家、煉瓦造りの洋風建築が混在しています。かつて水運によって富を築いた商人たちが、川から直接荷揚げを行っていた「だし」と呼ばれる石段の船着き場が川沿いの随所に残されており、船頭の軽妙な語り口とともに、水運都市として栄えた佐原の息吹を肌身で実感することができます。