作曲家たちが何百年も続いてきた五線譜を捨て、あえて図形を描き始めた背景には、1950年代から1960年代にかけて起きた前衛音楽(アヴァンギャルド)の歴史的な転換点が存在します。
当時、西洋音楽は12音技法や総音列主義(トータリズム)によって、音の高さや長さを極限まで数学的にコントロールする試みを行っていました。しかし、あまりに複雑化した結果、演奏者が譜面を機械的に再現するだけの閉塞感に直面します。
さらに、楽器の胴体を叩く、弦を直接こする、管楽器のキーを激しく叩くといった「特殊奏法」や、電子音響の導入が進んだことで、従来の五線譜では新しい響きを書き留めることが不可能になりました。
そこで作曲家たちは、偶然の要素を取り入れる「偶然性の音楽」や、演奏者に音の選択権を委ねるアプローチへと舵を切ります。楽譜を記号から「イメージを誘発する視覚的媒体」へと変革するために生まれたのが図形楽譜だったのです。