歌麿が遺した遺産は、江戸の町だけに留まらなかった。19世紀後半、海を渡った浮世絵はヨーロッパのアートシーンに猛烈な地殻変動を引き起こす。いわゆるジャポニスムの波である。エドガー・ドガ、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、エドゥアール・マネ、そしてメアリー・カサット——。印象派の巨匠たちは、歌麿の構図の大胆さと、無駄を極限まで削ぎ落とした滑らかな線の美しさに言葉を失った。
西洋絵画が何百年も囚われていた遠近法や陰影のルールを嘲笑うかのように、平面的でありながら深遠な立体感と心理描写を成立させていた歌麿の手法。輪郭線だけで情動を伝えるその画力は、クロード・モネの私邸コレクションにも収められ、近代西洋美術のあり方そのものを根底から書き換える原動力となったのである。