五百羅漢という言葉の根底にある「羅漢」とは、サンスクリット語の「アルハット(Arhat)」を音写した「阿羅漢(あらかん)」の略称です。仏教の修行において最高の境地に達し、もはや迷いの輪廻に戻ることのない「尊敬と供養を受けるにふさわしい聖者」を指しています。
歴史的な発端は、お釈迦様の入滅(逝去)直後に開かれた「第1回仏典結集(けつじゅう)」に遡ります。師を失った弟子たちは、教えが誤って散逸・変質することを防ぐため、マガダ国の首都・王舎城(ラージギル)近郊の洞窟に集結しました。このとき集まった実力派の弟子が500人の阿羅漢でした。彼らがお互いの記憶を突き合わせ、合議制によって仏法を口伝で編纂・定着させた史実が、五百羅漢の起源とされています。
その後、仏教がシルクロードを経て中国へ伝播する過程で、聖者信仰と中国固有の神仙思想が融合し、羅漢は「神通力をもって現世に留まり、衆生を救済する存在」として尊崇を集めるようになりました。日本へは平安時代から鎌倉時代にかけて禅宗の伝来とともに伝わり、室町時代の水墨画の題材を経て、江戸時代には庶民信仰と結びついて爆発的な広がりを見せることになります。
十六羅漢と五百羅漢の決定的な違い
寺院を巡ると「十六羅漢」と「五百羅漢」の双方を目にすることがありますが、仏教における役割と配置意図には明確な違いがあります。
十六羅漢は、お釈迦様から「私が去った後も現世に留まり、正法を守り続けて人々を救いなさい」と直接託された16人の選別された直弟子です。本尊の左右などに厳格な守護者として祀られることが多く、個々の名前(賓度羅跋囉惰闍=ビンズルなど)と固有の役割が経典に明記されています。対して五百羅漢は、特定の個人というよりも「仏教を支えた聖者たちの総体」を象徴しており、群像全体として圧倒的な宗教空間を創出する役割を担っています。