遠藤敬氏の政治スタイルを理解するうえで欠かせないのが、永田町でも極めて珍しいそのバックボーンです。大阪府高石市に生まれ、昭和から平成、令和の激動期を駆け抜けてきた歩みは、一般的な世襲議員や官僚出身議員とは一線を画しています。
学生時代から類まれな体格と運動神経を誇り、大阪芸術大学短期大学部デザイン美術科を卒業後、名門・藤島部屋に入門。「貴ノ遠藤」の四股名で土俵に上がった経験を持ちます。怪我により力士としての道は断念したものの、相撲部屋の厳しい縦社会で叩き込まれた「礼節」「胆力」「義理人情」は、その後の人生を決定づけるコアとなりました。
角界を退いた後は飲食店経営などを手掛け、ビジネスの現場で手腕を発揮。同時に高石青年会議所(JC)理事長や日本青年会議所の要職を歴任し、地域経済の活性化に奔走しました。このJC時代に培った強固な人脈と行動力が、後の政界進出の大きな原動力となります。2012年、橋下徹氏らが率いる日本維新の会から第46回衆議院議員総選挙に出馬し、大阪18区で初当選。以後、連続当選を重ねて維新の中核へと駆け上がりました。
プライベートでは、地元の支援者や関係者の証言によると、長年連れ添う妻と家族の支えが極めて厚いことで知られています。多忙を極める国会活動の傍ら、地元行事には夫婦で顔を出し、飾らない人柄で接する姿が泉州地域の有権者に深く浸透しています。