結婚から約9年が経過した2012年6月、二人は離婚届を提出し、夫婦関係に終止符を打ちました。泥沼の愛憎劇ではなく、お互いの未来と子供の幸せを最優先に考えた前向きな協議離婚でした。
離婚に至った決定的な要因の一つとされているのが、2011年3月の東日本大震災です。震災後、放射能問題や子育ての環境を懸念した窪塚さんは、家族の生活拠点を大阪へと移すことを決めました。
しかし、突然の移住生活や激変する環境のなかで、子育てのスタンスやライフスタイルにおいて徐々に価値観の相違が生じるようになります。話し合いを重ねた結果、「夫婦という枠を外して、子供のための最良のパートナーに戻ろう」という結論に至りました。
当時の日本において極めて珍しかったのが、父親である窪塚洋介さんが長男・愛流さんの親権を持ったことです。「子供の生活リズムや将来の教育環境を安定させたい」という双方の強い思いと合意のもと、窪塚さんが責任を持って育て上げる選択を取りました。養育費や親権を争うことなく、純粋に息子の未来を見据えた決断でした。