ネット検索において常に上位を占めるのが「中の人 かわいい 美人」というフレーズです。アバターの可憐なビジュアルや甘いボイスに魅了されたファンは、無意識のうちに「中の人もモデル並みの美女に違いない」という強固な認知バイアス(理想化)を抱きます。
しかし、実際にバーチャルYouTuber 実写写真が掲示板やSNSに流出した際のネットの反応 掲示板(5ちゃんねる、まとめブログ、したらば等)を観察すると、反応は残酷なまでに分かれます。
演者が元アイドルや元読者モデル、あるいは清潔感のある容姿であった場合、掲示板には「想像以上に美人だった」「アバターより可愛い」「実写で活動した方が売れる」といった称賛が並び、ファンコミュニティ内での求心力が一時的に高まります。いわば“顔バレによるバフ効果”が生じる現象です。
一方で、ファンの過剰な幻想と実態に乖離があった場合、匿名掲示板では容姿に対する心ない中傷や「夢を壊された」「もうアバターを見ても素顔がチラついて声が聴けない」といった失望の声が書き込まれます。かつて特番のインタビューや自著・手記で「アバターを纏うことで初めて自分のコンプレックスから解放された」と語った元トップライバーの告白が示す通り、VTuberという器は、生身の容姿差別(ルッキズム)から逃れるための避難所としての側面を持っています。それにもかかわらず、顔バレによって再び生々しいルッキズムの評価軸に引きずり戻されてしまう構造は、バーチャルカルチャーが抱える根深い矛盾と言えます。