主犯2名に対しては、2001年のさいたま地裁(一審)、2005年の東京高裁(控訴審)を経て、2009年に最高裁で死刑判決が確定しました。判決確定から歳月が流れた現在、2人の辿った道は大きく分かれています。
主犯の関根元は、2017年3月27日、東京拘置所内で多臓器不全により75歳で獄中死しました。事件の動機や真の余罪の全貌について多くを語ることのないまま、病魔によってその生涯を閉じました。
一方で、元妻の風間博子死刑囚(2026年現在68歳)は、一貫して殺害への共謀を全面否認し続けています。関根の暴力と支配下にあったことは認めつつも、「殺害計画は一切知らされておらず、毒殺に関与した事実はない。関根に脅されて遺体の運搬に立ち会わされたに過ぎない」として、東京拘置所から無実を訴え続けています。
弁護側は、山崎永幸の証言には自己保身のための虚偽や誇張が含まれていると主張し、新証拠を提出して第3次再審請求を申し立てています。2026年代に入っても支援者や弁護団による検証が続けられており、元捜査員が出版した手記『沈黙の咆哮』(読売新聞等でも報道)などで当時の捜査過程が再検証されるなど、風間の共謀の有無を巡る議論は司法関係者の間でもいまなおくすぶり続けています。