読者が瀬尾まいこ作品に強烈に引き込まれる最大の要因は、綺麗事だけでは済まされない「生きづらさ」への解像度の高さにあります。その契機となったのが、2011年頃に自身を襲ったパニック障害の発症でした。教員退職を余儀なくされ、日常の些細な行動すら困難になった当時の壮絶な葛藤について、彼女は後のインタビューや手記で「突然世界が暗転し、息の仕方を忘れるような恐怖だった」と述懐しています。
その壮絶な実体験を昇華させて生み出されたのが、2026年発表の小説『夜明けのすべて』です。パニック障害を抱え無気力に見える青年・山添と、重いPMS(月経前症候群)によって月に一度感情を抑えられなくなる女性・藤沢。恋愛関係ではなく、互いの欠落や発作を淡々と受け止め合う同僚としての連帯を描いた本作は、2026年2月に三宅唱監督、松村北斗・上白石萌音のW主演によって映画化されました。
映画はベルリン国際映画祭フォーラム部門に正式出品されるなど国内外で極めて高い評価を獲得。興行収入や配信ランキングでもロングランを記録しました。劇中で描かれるのは、過剰な同情や劇的な解決ではなく、「ただそこにいて見守る」という静かな寄り添いです。臨床心理学における「心理的バウンダリー(適切な境界線)」を保ちながら、相手の尊厳を傷つけずに手を取り合う関係性は、孤立を深める現代社会の読者に決定的な安らぎを与えています。