少年時代の大谷翔平の部屋には、特別なトレーニング機器や豪華な娯楽品があふれていたわけではない。水沢リトルリーグ時代、父と交換日記形式で書き溜めた野球ノートや、限られたスポーツ関連の本が並ぶだけの、ごく普通の空間だった。
名門・花巻東高等学校へ進学し、寮生活を始めるまでの間、彼にとって実家は日々のプレッシャーから解放される唯一のシェルターだった。学校から帰ると母・加代子氏の手料理を食べ、リビングで家族とたわいもない会話を交わす。家庭内に「スター選手」はおらず、ただの末っ子としての翔平が存在していた。
華美な装飾のない素朴な環境が、野球に対する純粋な好奇心と情熱を澱みなく育てた。何もないからこそ、頭の中で理想のプレーを無限に描き、ひたすら技術の向上に没頭できたのだ。