かつて環境省の定める温泉法に基づく掲示用泉質別禁忌症において、糖尿病は「一般的禁忌症」に指定されていた時期がありました。平成26年(2014年)の基準改定によってその画一的な制限は撤廃されたものの、糖尿病温泉禁忌の理由が完全に消滅したわけではありません。重症の血管障害や急性代謝不全(ケトアシドーシスなど)を伴う状態では、今なお入浴自体が厳格に禁止されます。
日常の入浴において最も警戒すべき事態が、予期せぬ糖尿病温泉低血糖リスクです。特にインスリン製剤やSU薬(スルホニルウレア薬)などの血糖降下薬を使用している場合、温熱による急激な血管拡張が皮下からの薬物吸収スピードを何倍にも跳ね上げます。その結果、浴槽の中で突然の冷や汗、動悸、意識混濁に襲われ、そのまま溺水や転倒骨折といった重大事故に直結する事例が後を絶ちません。
さらに見過ごせないのが、入浴に伴う発汗と糖尿病温泉脱水症状予防の不徹底です。41℃前後の湯船に15分浸かるだけで、体内から約500mlから800mlもの水分が失われます。高血糖状態の血液はもともと浸透圧が高く粘度を増しているため、脱水が引き金となって血栓が形成され、脳梗塞や心筋梗塞といった致死的な急性心血管イベントを誘発する引き金になります。