団時朗と草刈正雄は兄弟か?資生堂Cmから半世紀の絆と噂の真相についての最新情報を徹底解説します。
彫りの深い目鼻立ちと手脚の長さから、一見すると双子や兄弟のように混同されがちな二人ですが、その生い立ちとパーソナルデータを詳細に比較すると、それぞれが歩んだ独自の輪郭が鮮明になります。
比較項目団時朗(旧芸名:団次郎)草刈正雄編集部の分析・ファクト検証生年月日・出身地1949年1月30日(京都府京都市)1952年9月5日(福岡県小倉市)年齢は団さんが3歳年上。関西と九州という明確な地理的差異がある。公称身長・体躯187cm / 股下90cm超185cm / 抜群のプロポーション当時の成人男性平均身長(約167cm)を20cm近く上回る規格外の体格。ルーツ・家庭環境父:英国系米国人(軍人)
母:日本人
※幼少期に父が朝鮮戦争で戦死父:米国人(軍人)
母:日本人
※戦死と聞かされ母子家庭で極貧生活共に米軍軍人の父と日本人の母を持つ。過酷な母子家庭育ちという境遇が一致。代表作・転換点『団時朗 帰ってきたウルトラマン』郷秀樹役
ミュージカル『マイ・フェア・レディ』映画『卑弥呼』『復活の日』
NHK大河ドラマ『真田丸』真田昌幸役団さんは特撮と舞台演劇の重鎮へ、草刈さんは銀幕のスターから名バイプレイヤーへ。資生堂デビュー年1968年(MG5初代モデル)1970年(MG5追加キャスト)団さんの大成功を受け、事務所の後輩であった草刈さんが起用された。
「団時朗 ハーフ 父親」という出自の背景には、戦後日本の歴史が色濃く影を落としています。団時朗さんの父親は英国系アメリカ人の軍人でしたが、朝鮮戦争に従軍して戦死。団さんは母の手ひとつで育てられました。一方の草刈正雄さんも、朝鮮戦争で父親が戦死したと聞かされ、母が内職や日雇い仕事を掛け持ちする極貧の中で育ちました。
後にNHKのドキュメンタリー番組『草刈正雄 ファミリーヒストリー』において、草刈さんの父(ロバート・H・トーラ氏)は実は戦死しておらず、米国本土へ帰国した後に別の家庭を築いて2013年まで存命していたという衝撃の事実が判明します。父親の顔を知らずに育ち、ハーフであることへの好奇の目に晒されながら母親を守るために生きたという精神的基盤において、二人は血縁以上の痛切な共通項を持っていたのです。