トトロ名コピー誕生の真相とは?宮崎駿と糸井重里の激論と秘話

トトロ名コピー誕生の真相とは?宮崎駿と糸井重里の激論と秘話

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1988年春の公開当時、映画を取り巻く環境は決して平坦ではなかった。親会社である徳間書店のバックアップのもと、スタジオジブリが仕掛けたのは、高畑勲監督の『火垂るの墓』との二本立て興行という映画史に残る異例の試みだった。のどかな田園風景を描くファンタジーと、戦争の過酷な現実を抉り出すリアリズムの対峙。興行的なリスクは極めて高かった。

プロデューサーの鈴木敏夫は、この真逆のベクトルを持つ2作品をいかにして観客へ届けるかに頭を抱えていた。暗い戦争映画と、無名の巨大生物が出てくるアニメーション。配給側すら成功を危ぶむなかで、宣伝の成否はキャッチコピーの双肩にかかっていた。糸井重里の手による言葉は、観客が劇場へ足を踏み入れるための決定的な心理的架け橋として機能したのである。

高橋 健太
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高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。